生牡蠣にアルザス!

眼の前にはクラッシュドアイスを敷きつめたステンレスの平皿に様々な貝類が盛られていた。


その夜遅く、わたしはホテル近くにあるブラッスリーに入った。貝類の盛り合わせをオーダーすることは入口前に並べられた貝をみごとな腕前で次々開けていく殻剥き職人であるエカイエを見た時から決めていた。問題は飲物だった。《vins》と書かれたメニュウと睨めっこしているがなかなか決まらない。貝類、特に生牡蠣にシャブリが定説なのは重々承知なのだが、一週間ほど前にこの店で生牡蠣とシャブリを食していた。


わたしは旅先で、できるだけその土地のものを食べるようにしている。そしてできれば同じ店には入らない。これが旅行中のささやかな約束事だ。より多くのバリエーションを経験したいと思っているからだ。
だからこの日、夜遅く疲れていて、早く一杯やりたくて、ホテル近くのこのブラッスリーに入りはしたものの、オーダーだけは前回と違うものにしようと考えていたのだ。

しかしこの時、わたしにはまだ白ワインの知識はないに等しく、唯一知っている〈牡蠣にシャブリ〉のシャブリも一種類しか置いてないので困っていたのだ。


辛口の白といえば・・、頭を捻っても出ないものは出ない。意を決して単なるカンでギャルソンに訊いてみる。


「コレは?」
「う~ん・・」


わたしの指さした文字を見て彼は苦い顔をしている。どうやらカンは外れたらしい。


「それよりアルザスはどう?」
「アルザス・・?」


わたしが口ごもると彼がたたみ掛けてくる。


「試したことある?」
「いや・・」


それならと促す彼にわたしは勢いよく答えた。


「O.K. I will try one !」


彼が去った後、わたしは宙を見つめながら呟いた。
「アルザスか・・。悪くないかもしれないな」


わたしは今日の出来事を思い出していた。

アルザス地方ヴォージュ山脈のはずれにあるベルフォートという田舎町から無事今日中に帰ってこられたことを・・。

あさ早く出掛けるハズだった。予定では。
その日、地下鉄駅Maubert Mutualiteのすぐ横にあるサンジェルマン大通りに面したホテルで眼が醒めたのは7:32AM。おとといパリ東駅に時間を調べに行ったついでに購入したチケットは7:30発スイス/バーゼル行き113便。目的地のベルフォートには11:12AM着の予定だった。
慌ててホテルを飛び出し、なんとか正午過ぎにドイツとスイス国境に近いベルフォートに着いた。しかしここからがまた問題だった。

実は目的地の地図もなければ住所も知らない。東に行くのか西へ向かうのかすらわからない。わかっているのはベルフォート郊外24キロのところに建っている教会というだけだった。


駅のインフォメーションは昼休みでクローズド。見るからに旅行者とわかるわたしがおずおずとエクスキューズミーと云ってもパルドゥンと尋ねても係りのお姉さまたちは《12:00~13:00 CLOSED》と書かれたプレートを指さすだけ。しかたなく駅前のバスストップの標識をひとつ一つ調べてゆく。

片田舎の駅舎のくせに数だけはやたらとある。途中周りの人に何度か訊ねるが英語を話す人はひとりもいなかった。ようやく見つけたバスストップには1日4便しか書かれていなかった。次にくるのは16:45。帰りのチケットは17:45発。どう考えても無理だ。
仕方なくタクシー乗り場に一台だけ停車中の車に近づき、運転席の爺さまにメモを見せた。

Notre-Dome-du-Haut, Ronchamp

爺さまは頷き何度もチャペルチャペルと繰り返した。
どれくらい料金はかかるか?と訊ねると、助手席に坐っている奥さんとおぼしき老女と相談し200~250フランだと云う。わたしには大きな出費だったが他に方法がない。メーターであることを確認し、後部座席に乗り込んだ。


「おまえのような旅行者が行くとこはチャペルしかない。そうに決まっとる」
爺さまは得意そうにそう云ってからタクシーを走らせた。

ロンシャンの礼拝堂は素晴らしかった。数日前に見学したやはりコルビュジェのサヴォア邸ほどコンセプチュアルではないにしても、わたしを感動させたことに変わりはなかった。
来訪者はわたし以外おらず、奇怪な真っ白い建物が静かに迎えてくれた。コルビュジェの研究者でもなく、たった一度訪れただけのわたしがどうこう云うのは辞めよう。

ただ不思議に、まったく唐突に、宮崎駿作品の『天空の城ラピュタ』の世界が重なってきた。

静かな美しい丘の上で強さと優しさを併せ持つこの礼拝堂が過去のものとも未来のものともつかない石を積み上げただけの城と重なり合うのだった。


2時間が経った頃、わたしは充分に満足し丘を下りはじめた。当然徒歩でである。乗ってきたタクシーの爺さまは礼拝堂の駐車場で待っててやるよと云ったが、それはメーターが動き続けていることを意味してるのだと解り断った。
「ワシがおらんじゃったらお前は帰れん!」
爺さまは頻りに繰り返したが、メーターが回っているタクシーを待たせておけるほどの余裕はなかったし、その事が気になってゆっくり見学できなくなる方がもっと嫌だった。
フランスが世界に誇る著名な建築家の代表作なのだから他にも来訪者はいるだろう。彼らを乗せてきたタクシーの1台くらいなんとか捕まえられるだろうと思っていたのだが、その考えは甘かった。

来訪者は確かに2~3組はいたが、みな地元の人のようで自家用車で来ていた。わたしのような観光客にはひとりも会わなかった。


丘を下る間はおろか、一本道の街道に出ても車一台走っていなかった。太陽はやわらかな陽を降りそそぎ、この緑豊かな田舎町では樹々も野鳥も風もみな昼寝をしているのではないかと思えるほどのどかでゆったりとした時間が流れていた。
じっと立ち止まっていても仕方ないのでベルフォートに向けて歩き出す。普通に歩けば1キロ15分。24キロ先の駅に着くのは6時間後ということか・・。列車の発車まであと2時間と20分しかない。まぁ17:45発に間に合わないのはいいとして、問題は最終便に間に合うかだ。確か19:20か40分発のはずだ。これに乗り損ねるとベルフォートに今晩泊まるハメになってしまう。最低でも一泊200~300フランはするだろう。さらに今持っているチケットは明日も有効なのだろうか・・?もし使えなかったら、、254フランもしたのに・・。
そんな事を考えながら歩いていると、15分もしないうちに後方から車の轟音が聞こえてきた。振り返ると遠くに大型ダンプの姿が見える。


「ベイビィ!」


わたしは心の中で叫び、立ち止まって路上に左腕を突き出した。徐々にダンプの姿が大きくなる。わたしは飛び跳ねたい気持ちを抑えじっと待った。ダンプはみるみる近づいてくる。もうわたしの姿ははっきり見てとれ、立てた親指の意志も伝わってるだろう。しかしダンプには停まる気配がない。

おい・・?

もう運転席の顔も見える。その瞬間、若くハンサムなドライバーは右の人差し指を2~3度横に振りニヤリとした。そしてダンプは速度を緩めることなくわたしの横を通り過ぎていった。


それから何台かの車がわたしを追い越して行ったが停まってくれる者はひとりもいなかった。

10台ほどの車にフラれるとだんだん希望も薄れ、いちいち立ち止まって腕を出すこともせず、後ろ向きに歩きながら、そして終いには車に背を向けたまま合図を送るようになった。


2時間くらい歩いただろうか。丁度、丘の頂に到着しひと休みした。樹々が生い茂り西陽を避けられるのが嬉しかった。汗をかいた身体が木陰で急速に冷やされていくのがわかる。今は気持ちいいが、ずっといると寒くなりそうだ。
時計を見ると17:20だった。あと25分で乗るつもりだった列車は行ってしまう。何キロぐらい歩いたかはわからなかったが、その列車に間に合わない事だけは確実だった。


不意に車の音が聞こえてきた。と思った次の瞬間には坂を上がってきた青いルノーが眼の前に現れた。とっさに左腕を突き出す。ルノーはわたしを通り過ぎていったが30メートルほど先で停車した。わたしは慌てて路上に置いてあったザックを掴むとルノーに向かって走りだした。半分ほど降ろされたウインドウ越しに喋ろうとした時には少し息が切れていた。
「ベルフォート・ステイション!」
「ウィ.ウィ」
乗せてくれたのは学校の教授だと云う30歳半ばの男性だった。そしてルノーは快調に飛ばし、なんと17:42分、出発の3分前にベルフォート駅に到着した。
出来過ぎていた。まるでつくられたドラマか映画のようだった。わたしは車中で何度もサンキューとメルシーを繰り返していたが、降りる際、最後にもう一度だけお礼を述べた。すると彼は笑いながら言葉を返してくれた。


「Bon Voyage.  よい旅を」
 


ギャルソンがワインのボトルを持ってやってきた。そして彼らの誰もがそうであるようにソムリエナイフを使い流れるような動作でコルクを抜いてくれた。
初めて呑むアルザスワインは少し辛めのさわやかで清らかな味と香りだった。そして生牡蠣にもはまぐりにも他の貝類ともよく合った。

それはアルザス地方に行ってきたからという贔屓目を差し引いてもシャブリよりよく合うように思えた。
わたしはきょう一日で2つの事を学んだ。


ひとつは、退路は確保しろ。

そしてもうひとつ。生牡蠣にアルザス!

 

 

 

 

 

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