お気に入りの椅子を見つける

私は結婚する時、宮脇檀建築研究室の同僚たちにひとつのお願いをしました。
「キャッシュはいらないからZIG-ZAG (ジグザグ)を贈ってほしい」


当時でもジグザグチェアは12~13万円ほどしたと思いますが所員の数も12名おり無理ではないように思いお願いしたのです。
届いた椅子を見た時、あれ?と思いました。木の質感がイメージしていたものと違っていたからです。座面の木割も若干細いように感じられました。しかし嬉しさの方が勝り、私のダイニングチェアとして毎日使用していました。
1年前後で軋む音が始まり、2年が過ぎた頃キャンティレバーの根本の部分が壊れました。すぐに正規店であるカッシーナ社へ持っていこうと思いましたが、初めて見た時以来の違和感が頭をよぎり電話で《本物》か否かの確認をしました。
「Cassina の刻印があれば当社で製造したものでございます」
刻印はありませんでした。私のジグザグは正規品ではなかったのです。
もっとも、通常、デザインパテントは50年で切れるので、その後は廉価版が出回ります。オリジナルではないけど違法コピー品でもない。消費者側には解りにくいところです。
パテントが切れてもライセンス等を管理する財団は存在します。正規店は財団から許可を得、ロイヤリティを支払いますが、他のつくり手は無許可です。たいていは《売り切り》なのできちんとしたメンテナンスも行ってくれません。私のジグザグはサイドテーブルへと用途が変わりました。

私が椅子に興味を持つようになったのは、やはりボス宮脇の影響が多分にあります。事務所内にはそれこそ名作と呼ばれる椅子が何十とあり全て普段使いされていました。コルビュジェがありミースがありブロイヤーがありました。イームズやサーリネンのミッドセンチュリー物が打合用の大テーブル周りに置かれ、ボスのアトリエにはジョージナカシマやウェグナーなど木の椅子もありました。もちろんジグザグも置いてあり、外観の美しさばかりでなく実は掛け心地もよいのだと知ったのも入所してからでした。
私が初めて買った椅子はカッシーナ社のスーパーレジェーラ。極限まで無駄を省き世界最軽量を目指したこの椅子はMOMA:ニューヨーク近代美術館の永久収蔵品にも選ばれています。

しかし世界的な美術館が認めた《本物》であったとしても壊れないわけではありません。ある時、背もたれに寄りかかった途端、背の横材と後脚のジョイント部分が音をたてて壊れてしまいました。華奢な椅子をぞんざいに扱いすぎたか・・、そんな風に思ったのを憶えています。しかし嬉しいことにカッシーナに連絡し事情を説明すると、購入後5年以上たっていましたが無償で修理に応じてくれました。
ジグザグもスーパーレジェーラも現在では20万円近くもします。しかし、メンテナンスがしっかりしていて世代を越えて使い続けるとすれば決して高くはないのではないでしょうか。しかも毎日使うものなのです。
椅子は個人の好みとシチュエーションに応じて選ぶべきものだと思います。玉座とカフェの椅子が同じであろうはずもなく、同じダイニング用でもずっと坐っている人と何度もキッチンにたつ人では選ぶポイントが違ってきます。

繊細な椅子には女性が似合うと思いますし、逆にフィンユールのエジプシャンチェア(チーフティンチェアとも呼ばれる)にはどう扱っても壊れないぐらいの力強さと迫力がありオトナな人しか寄せ付けない雰囲気があります。

ただ、名作と呼ばれる椅子の多くは結構場所を選びません。古伊万里の和食器がフレンチにもタイ料理にも合うように、いい物はどこに置いてもしっくりくるような気がします。
好きな椅子は多々あると思います。しかし実際購入するとなると・・。坐り心地やコスト、自分自身や部屋の雰囲気に合っているかなど、嬉しい悩みは尽きないものです。
自分の一脚を見つけることは簡単そうで案外難しいものだと思います。

Anecdote of Architecture