​あさりの吸い物

ほうれん草をゆでる。一番大きな鍋にたっぷりの水を張り沸かす。沸き立ったらほうれん草を入れる前に、荒塩を入れる。これ、沸騰しているところにいきなり入れると、沸点が急に下がり湯がぼこぼこと暴れ出すので要注意。何度あふれた湯でガスが消えてしまったことか‥。
だから、はじめはほんの少し。ご機嫌を伺うかのように。塩が湯に馴染んだら小匙二杯ほど。
こうするとほうれん草でもいんげんでも、色鮮やかになり実に美味しそうに見える。


こんなこと主婦なら誰でも知ってるだろうが、新米主夫では、そうはいかない。なにせわたしは主夫になりたての頃、大いなる勘違いをしていたことがあったぐらいなのだ。

あさりの砂を吐かせる

この言葉は知っていても、方法を知らなかったのだ。
あさりは豚肉とのアレンテージョ風に使うことが多いが、時々は味噌汁や吸い物にしたりもする。汁物の具としては、あさりよりしじみの方が数段好きなのだが、毎回しじみというのも芸がないし、かといって蛤をつかえるほどの余裕もない。そこであさりの登場とあいなる。


ところで、しじみの味噌汁は私の好きな味噌汁ベストスリーに入る。他の二つはとき卵と、お麩である。そしてそれぞれに薬味を忘れてはならない。しじみには小ねぎと生姜を一かけ、とき卵には三ツ葉、お麩にはあさつきを添えなくてはならない。


さて、あさりの砂を吐かせようと、硝子のボールに水を張り、軽くたわしで洗ったあさりを入れておいた。2~3時間もして、もういいだろうと思い覗いてみるが、ちっとも吐いた形跡がない。それどころか皆、かたくなに口を閉じている。
そこに丁度相棒が勤めから帰ってきた。


「あさり砂吐かない、鮮度悪いのかな」


わたしの問いに相棒が一言。
「塩いれた?」
「  ウウン」
「だめよ、海水と同じにしてリラックスさせてあげなきゃ」
「‥??苦しませて吐かせるんじゃないの?」


一瞬フリーズした相棒は次の瞬間、弾けるように声をたてて可笑しそうに笑っていた。


砂を吐かせる、って云うもんだから、わたしはてっきり呼吸困難にして、咳でもさせるように吐かせるのかと思っていたのだ。

リラックスさせて呼吸を充分にさせるのなら、「吐かせる」なんて云わずに「砂を出してもらう」とか「呼吸をうながす」とか先人は云ってくれればよかったのに、と思うのであった。

 

 

 

 

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