あつあつごはん

わたしは物に拘らない方だと思う。
靴はイタリア製じゃなきゃとか、サインする時は愛用のモンブランで、などということはない。服装は20代前半からほとんど変わっていないし、実際20年間着続けているスゥエットシャツもある。そんなわたしに拘っていることがあるとすれば、それは物を増やさないということだ。
擦り切れても穴があいても着続けているのは拘りがないのと同時に、根底に増やしたくない気持ちがあるからだろう。

男が外出する際の最小限の持ち物といえば、時計と財布ぐらいと思われるが、わたしは中学生の頃から財布は持たない主義だ。コインは直接ポケットに入れ、札はクリップに挟むだけ。その方が嵩張らず身軽な感じがする。そんなわたしだから、結婚し相棒の家に転がりこんだ時もほとんど何も持たず新調したものも何も無かった。唯一買ったのが鍋だった。

相棒の家は電気釜でごはんを炊いていた。ずっとガス釜で育ってきたわたしにはどうしても馴染めなかった。だがアパートメントのキッチンにはガス炊きを想定した栓はなく、またガス釜を置くスペースも無かった。そこで文化鍋を買うことにした。蓋よりも鍋本体の方がひと回り大きく、噴きこぼれないように受け口になっている昔からある奴だ。だが、なかなかいいものが見つからない。どれもみなアルミ製ばかりでステンレスの物がない。


アルミはアルツハイマーの疑いもあり使いたくなかった。熱効率のことを考えると銅にしたかったが、銅鍋は日本人に馴染みが薄いのか、普通の鍋すら見当たらない。理想は外側が銅でステンレスが内貼りされている文化鍋。これなら熱効率も良く扱いも楽だ。ごはん以外のものを調理した時もしばらく保存がきく。

内側も銅だと、調理中や直後は問題ないが、冷めてくると食べ物と反応し、これまた身体に悪影響を与える恐れがある。


ようやく見つけた鍋はフランス製の片手鍋だった。文化鍋と違い、どうしても下に噴きこぼれてしまうが、そこは妥協した。

鍋でごはんを炊くのはしごく簡単だ。
「はじめチョロチョロなかパッパ」ではなく、いきなり強火。蓋がカタカタ鳴り少し噴きこぼれたら弱火にして10~15分。火を止めてさらに10~15分。あまり正確な時間は必要ない。
ごはんの返しも気にしなくてよい。
かに穴とか蟹路と呼ばれる炊きたてごはんの間にできる小さな穴を壊さないように軽く返すだけでよい。


丹念に時間をかけてといだ米をガスで炊きあげたあつあつごはんは実に旨い。

きらきらと輝き、うっとりするほど美しい。
調理がアバウトなだけに下準備は丁寧に。

名まえが「研」だけに「研ぎ」には余念がないのである。

 

 

 

 

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