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最後の晩餐

むかし『ニュースステーション』というテレビ番組のなかで最後の晩餐というコーナーがあった。各方面の著名人に久米宏が質問する。


「今夜の食事が最後だとしたら、あなたは何を食べますか」


インタビューされるような人だから皆成功者で旨いものを喰ってきているはず。なかには喰い尽くしてしまった様な人もいるけど、そのせいなのか答えは至ってシンプル。非常に日常的な答えが多かったように思う。


朝のごはん+味噌汁。お茶漬け。しらす掛ごはん。たまご掛ごはん。鰻。蕎麦。鮨。こどもの頃甘い物が特別だった世代には大福やぼたもちと答える人もいた。

一方、美輪明宏を含めた女性の何人かは、なにも食べない食べられない必要ないという人もいて、樹木希林に至っては「食に対してお役ご免という感じ」と云いながらも食べるなら旨いものがいいと、取材日前日もフグと鮨と松茸土瓶蒸しを食してきたという。結局、満ち足りているということなのだろう。


しかし、20代の女性がおにぎりだとかゆで卵などと答えるのを見ていると、やはりテレビ用の答えなのかなと思ってしまう。


こうして思い返してみると幾つかの事に気がつく。まず、皆自分の好きな物を選んでいる。好きな物ということは食べたことがある、食べ親しんでいるということだ。未知ではない。
もうひとつは単品が多い。タイトルが「晩餐」なのに答えは「最後の一品」の様である。やはりなにかをやり遂げた人というのは達観しているのか。


そしてテレビを観ていていつも気になっていたこと。それは状況がほとんど語られていないことだ。小沢一郎のように、あさ畳の上で炊きたてのごはんと味噌汁、それにお新香があれば云うことなし。と表現した人もいたが、多くは「場」の説明が無かった。

2時間程収録して10分程度に纏め放映していたというから「場」についてはカットされていたのかもしれないが、わたしには非常に重要な要因に思えてならなかった。突き詰めれば、なにを食べるかよりどのような状況で食べるかの方が大切にさえ思える。


で、そのわたしはと云えば、トリュフ。

世界三大珍味に上げられながらも悲しいかな一度も食べたことがない。ひょっとすると知らないうちにスライスを口にしているかもしれないが意識して食べたことはない。
白いのと黒いのをひとつずつ。丸のまま。


もしこれがテレビの取材なら恰好つけて、小学生の時山梨県塩山の寺で食べた精進料理のもみじ天ぷらが忘れられない。できることならあの味をもう一度・・、などと云ってもいいのだが実際のところ、もみじよりトリュフ。枯れ葉より落ち葉の下に眠る宝石の方がいい。

あとは飲むワインに合わせてフレンチフルコース。もちろん最後は生まれ年のアルマニャック。


場所はそれほど拘らない。自宅でもいいし絶景を一望できるレストランでもアンギラのプライベートビーチでもいい。そこで相棒と娘と一緒にテーブルを囲む。そうね、屋外か半屋外がいいな。ドライな気候、爽やかな風、快晴、夕暮れ時期。真っ白なクロス、銀のカトラリー。

う~ん、非常にわかりやすい。まるっきり小市民。でもいいのだ。穏やかな気持ちで家族と摂る食事に勝るものはない。

・・しかし、食べてみてトリュフが口に合わなかったら・・。それはそれでいいではないか。理解するということは満足に繋がるのだから。

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