ピータンからすみタラコの関係

もう数年前になるが、久しぶりに歩いた池袋駅西口周辺でびっくりしたことがある。見慣れない看板が建ち並び、アジア系外国人がやけに目立つ。'80年代の終わり頃から、新宿や上野周辺を追われた娼婦らが池袋に集まってきた。

はじめはロシアや東欧系。次いで中国系が闊歩するようになった。時期を同じくして雑貨や食料品を扱う店も増えてはきたが、駅からは少し離れた裏通りあたりが主だった。わたしが驚いたのは、それが駅前であり夕方まだ明るい時間のことだったからである。とりわけ、いかにも仮設といった風情の中国食料品店では店の中はもとより前の通りまでアジア系の人々で賑わっていた。


中国産の食材を買うことはほとんど無いわたしだが、もちろん例外はある。八角や紹興酒とともにピータンもそのひとつである。銀行に立ち寄ろうと思っただけなのに、つい、吸い込まれるように店内に入り、ピータンを2種類買ってしまった。
ひとつは前にも買ったことのある6個入り卵パックのやつ。
もう一つはレジの横に積まれていたもの。
礼儀正しい中国人とおぼしき人も買っていたのでつい手が伸びた。
前者は台湾製で350円。デパートなどでも扱っている品だが最近では780円ぐらいする。
後者はごろごろっと入って330円。
前者は金文字のビニール袋にエア抜きで詰められ、後者は泥に包まれた状態。
家に帰り、ふたつを食べ比べてみた。台湾製はもちろん普通のピータン。泥の方は・・。


店頭では「皮蛋」と書いてあったがこれは別物と感じる。泥を剥がし、殻を割ると、白身はなく透明な液体で満たされていた。その中にオレンジ色に固まった黄身がぷかぷかと浮いていた。普通のピータンのように殻を剥くことはできない。ほ乳瓶のキャップをつかい、ゆで卵をエッグスタンドに立てるように置いた。ベトナムのゆで卵以来の興奮と不安がよぎる。


で、味は・・。
液体は塩辛くて捨てるしかないと判明。黄身はなにかに似た味だった。旨いとも不味いとも云えない。ただ、旨味が凝縮されたような印象。
しばらくしてからピンときた。
からすみ だ。
確かにどちらも卵。水分を出し切って、旨味を固めたような味。不思議なものです・・。

からすみは鯔(ぼら)の卵巣から作るのが一般的だが、伝来した当時は鰆(さわら)の卵巣で作っていたらしい。しかし乱獲がたたり鯔の卵巣を使うようになったとのこと。350年程前の話である。
現在では逆に鯔が貴重になり、鰆や鱈(たら)の代用品が出回っている。鯔のからすみは長崎県野母が有名だが、四国では鰆のからすみが綿々と受け継がれているらしい。

我が家の冷蔵庫に長いことほっとかれたタラコがある。賞味期限は3日だが、気がついた時にはすでに2週間ほど経っていた。勿体ないが捨てようとしたところ、相棒が面白いことを云った。
「このまま乾燥させたら、からすみになるんじゃない」


斯くして、さらに1ヶ月半ほど放置され、ようやくきのう陽の目を見ることになった。表面に浮いた白い物体がカビでないことを祈りつつ口に運ぶ。
かたい! が、旨みはある。

からすみとするめの中間といった感じか。どうやら白い粉はカビではなく、アミノ酸やアスパラギン酸といった旨み成分のようだ。昆布やするめの表面に吹くものと同じなのだろう。
「炙ったらどう?」
相棒の助言に頷くわたし。確かにからすみもするめも炙ると風味が増す。期待に胸躍らせながらガスレンジの直火で炙る。しかし炙ったカチコチのたらこはただの焼きたらこになってしまった。一瞬味わったからすみ味は白煙とともに消えてしまった。焼きたらこが不味いわけではなかったが、わたしの高ぶりもどこかへ消えてしまったのだった・・。

 

 

 

 

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