ヴィシソワーズ​

あるアンケートによると夕食に関して最も困るのはメニュウについてだという。主菜を決め副菜を決め味噌汁の具を考え、そんなこと全てが嫌になる気持ちは毎日作っている者にしかわからない。


「この地上で、私は買い出しほど、好きな仕事はない」
そう云って憚らないのは檀一雄だが、娘ふみ嬢に云わせれば少しニュアンスが違う。
「だいたい、オトコに料理などさせるものではない。(中略) 盛大に買い出しをする。惜しみなく鍋を使う。容赦なくレンジを汚す。呼びたいだけ、客を呼ぶ。ありったけの皿を出す。そして、その後片付けは娘たちの仕事だった」


程度の差こそあれ、ま、オトコの料理はこんなとこではないだろうか。時々気の向いた時に好きな食材を買い込み、好きなだけ時間を掛けて1~2品作る。
オトコ料理も主夫ともなれば勝手が違ってくるが、これから話すのは、わたしがまだ主夫になりたてで頭のなかが料理でいっぱいだった頃の話しだ。いろいろ試しては日記ともメモともつかないものを書いていた。

暑い。連日の34度。最低気温でも27度。原宿の現場でちょっと立ち会い検査しただけなのに全身から汗が噴き出しぐったりだ。
夕方6時、陽はまだ高い。混み始めていない総武線の中で、涼々しながらわたしは今晩のメニュウを考えていた。

ふっと冷たいスープが頭をよぎる。

わたしは冷たいスープなるものを一度も作ったことがない。それどころか食べたことさえ片手で数えられるほどだ。理由は簡単。熱々のスープがあまりにも好きだから。真夏でも汗をボタボタたらしながら食べるのが好きなのだ。


西荻からの帰り道、いつもと違うルートで本屋へ。しかしフレンチにもイタリアンにもいいのが見つからない。スープだけを集めた本が2~3冊存在することを知ってはいるが、ここには置いてないようだ。あれこれ捜してるうちに、ボス宮脇が「冷たいじゃがいものクリームスープ」が得意だったというのを、なにかで読んだのを思い出した。
運良く、ポテトをつかった様々な料理法を紹介している本があったので調べてみる。


「グッード!」
料理名はヴィシソワーズとでている。

そうか、これがそうなのか!
名まえと姿が一致しない料理はけっこうあるものだ。材料とだいたいの雰囲気を憶え、本屋を後にした。


熱い風呂に入り、あらんかぎりの汗を体外に放出し、冷水を浴びると少し人間らしくなった気がした。ハイネケンを一本呑むと、やっと作る気になってきた。


まずメークインを薄切りにし、さっと水洗いしてたっぷりの水と共に火にかける。沸騰したらアクをとり、水がひたひた状態になるまで煮詰める。玉葱をみじん切りにしにんにくと共に別鍋で炒める。両者を合わせ、そこへ鶏がらのスープストック牛乳バターを入れ、再びコトコト。味見をしながら牛乳とバターを足しつつ、メークインをしゃもじで適当に潰していく。本来は水分を入れる前にフードプロセッサーでトロリとさせるらしいのだが、我が家にそんなものは無い。仕上げに生クリームを入れるらしいがそれも省略。最後に塩と少量のホワイトペッパーで味付けして火からおろす。氷水を張った洗い桶に入れよく冷まし、さらに冷蔵庫の中で寝かす。


夜10時半、仕事から帰り、さっとシャワーを浴びた相棒とともに食す。冷蔵庫で冷やしておいたスープ皿に盛りつけ、ポロネギの代わりにパセリをちらす。


「こんなのできる様になったのー!?」


相棒は驚いてる。わたしはほくそ笑む。
ヴィシソワーズとは似て非なるものだが、味は悪くない。スープストックが無ければ顆粒の鶏がらでも固形ブイヨンでもいい。簡単で手早くでき主夫の料理に向いているし、なにより女性に「!」と思わせるにはやはり横文字料理がいいらしい。

 

 

 

 

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